第九章 遼東半島占領事件
第八段 ロシアの出兵と清国の不満
ロシア艦隊が旅順付近にたむろしている事を訝しんだ清国は、ロシアに不満を表しました。ロシアの対応は…。
我々は防衛の為にここにいる
陸戦隊を乗せた我が艦隊は、ずっと旅順付近に停泊していました。
我が艦隊が旅順付近に到着した時、ムラビヨフ伯は、清国政府を安心させるようにと、清国公使に命令しました。そして
「ロシアは清国をドイツ人の手から救うために来たのである。
我々はドイツはドイツ人に反対して清国を防御する為に来たのである。
であるから、ドイツ人が撤退すれば、すぐに我々も立ち去るのである。」
と通告させました。
清国はロシア艦隊の来着を非常に歓迎しました。
初めの一週間だけはこの通告を真に受けて信じていました。
しかし間もなくベルリン駐在清国公使の報告にとって、ロシアがドイツと強調して行動している事を知り、極端に不満の意をあらはし始めました。
ロシア帝国は清国に対して「清国の国土防衛の為に艦隊を派遣した。」と偽りの通告をしました。
結局はベルリン経由でうそがばれてしまい、清国から不満が噴出しました。
もう、完全に泥棒・詐欺師の手口になってしまっています。
この時代の世界世論はこれをどのようにとらえるのでしょか。
第九段 クロパトキンの旅順大占領論

政治的思考の無いクロパトキン
翌年の1月1日、ワンノフスキー大将は陸軍大臣の職を辞めて、旅順占領事件の頭初には何等参与しなかったクロパトキン将軍がこれに代わりました。
ウイッテ伯は新陸軍大臣に大いに望を嘱しました。
新大臣はきっと我々に味方してくれるでありましょう、我々はこれによって旅順を放棄する事が出来るでしょう。と喜んでしました。
丁度この時、アレクセイ・アレクサンドロヴィチ大公を議長とする会議が開かれることになりました。この会議は我々が清国にどんな要求を提出するべきかを決定する為に開かれたのでした。クロパトキンもこれに列席しました。
この会議で、ウイッテ伯は依然としてあらゆる冒険政策に反対しました。
ですが、期待したクロパトキンからの支持は得られませんでした。
クロパトキンはむしろ予期に反して、対清国への通告には旅順・大連の割譲ばかりでなく関東州を形成する全遼東半島を要求するべきであると説きました。
その論拠とする所は、遼東半島を占領しなければ、有事の際に旅順・大連を防御する事が出来ないというのでした。彼はまた東支鉄道から旅順に至る支線を急速に建設する必要があると説いたのでした。
大体において、クロパトキンは我々が徐淳・大連に軍艦を派遣したことが良かったか否かについては何等意見を述べないで、ただ要求に対する要求」ばかりを云々していました。
しかも会議はこの要求に基づいて条件を作製し、これを清国に通告する事になりました。
ワンノフスキー大将とは、ピョートル・ヴァンノフスキーの事だと思います。
日本語wikiのページが無く、他の資料も探せませんでした。
アレクサンドル三世帝時代に露土戦争で活躍した軍人です。
クロパトキンの言う旅順・大連の防御に自由に利用できる土地が必要であるのは戦術上間違いではないかもしれません。
ですが、当事国の清国がこの事を了解していないのでは何ら意味のないものでしょう。
誰の為の正義なのかわかりません。清国の土地の保全を清国を無視して、ロシアが勝手に清国の領地をどうするか決めてしまっては、ただの押し売りです。
東支鉄道のハルピン~旅順の支線はこの時に決まったのですね。
ムラビヨフ伯・ニコライ二世帝・アレクセイ・アレクサンドロヴィチ大公達の政治的欲望による外交方針に、政治的関心の無いクロパトキンの軍人的戦術論が、後押ししてしまいました。
思考原理が2022年のロシアのウクライナ侵攻に似ていますね。自分勝手な正義を建前にして他国の領地に入り込むやり方。
”Pyotr Vannovsky”.wiki pedia英語版.(参照2023-05-16)

