ウイッテ伯回想記「日露戦争と露西亜革命」その078

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第十一章 ヘーグ軍縮会議

第一段 露墺軍備協定の提議

一九世紀の終わりにロシア皇帝ニコライ二世は、帝国主義諸国の武力衝突を回避するための協力態勢樹立を目指し、ハーグ万国平和会議の開催を提唱しました。

オーストリア軍備拡張

一八九八年の半ば頃のことでありました。
旅順、大連の占領問題に関する論争後、長い間不和の関係にあったムラビヨフ伯が、突然ウイッテ伯の所へやって来ました。
彼はクロパトキンから提議された問題についてウイッテ伯と協議したいというのでありました。


クロパトキンの提議というのはこうであります。
彼が受け取った情報によると、オーストリーは急に砲兵の拡張を始めているようだ。
我が陸軍の砲兵力はドイツ陸軍だけに対抗する程度のものでしかない。
であるから、もしオーストリーが砲兵拡張案を実行するとなると、ロシアもこれに対抗して拡張をしなければならない。


ところが現在ロシアは全歩兵の銃器改良に着手していて、これが為莫大な支出を決定したばかりでありました。
この上、歩兵と砲兵を同時に充実する事は非常に面倒な事で、陸軍大臣として殆ど不可能な事でありました。
であるから、外務大臣はオーストリーに対し、もし彼らがこの企画を実行するのなら我々も同様な拡張をすると言って、その砲兵拡張を停止する様交渉して貰えまいかというのでありました。


ウイッテ伯はムラビヨフ伯に言いました。
「クロパトキン将軍の提議は全く実行不可能の事だ。
第一そんな交渉をしたところで、目的を達成する事が出来る物でない。
オーストリーは拒絶するばかりか一笑に付するだろう。
また一方から言えばそんな提議は、結局砲兵拡張費の支出と言う事になり、それが為大蔵大臣が緊急な提議は児戯としか思えない。
またヨーロッパにおける軍備拡張競争は全世界に非常な害毒を及ぼすものである。
こういう無駄な費用を使う事は、国民を益々無力にし、遂には生活さえも困難にさせることにある。
国民がそんな状態になる事は、やがて西ヨーロッパにあるような社会主義の勃興を促す基である。
それでなくとも現に我々の国でこの傾向があるではないか。
私は寧ろ戦争に優るとも劣らないほど国民を苦しめている軍備競争を止めて、小にしてはヨーロッパの幸福の為、軍備の制限に努力する事を国家と国民に希望するものである。」


ウイッテ伯は以上の様な主旨を敷衍して熱心に説きました。
ウイッテ伯の話は、ムラビヨフ伯に非常な感動を与えたように見受けられました。
ウイッテ伯の説明は別段に事新しい問題だはありませんでしたが、充分な教養の無いムラビヨフ伯には耳新しく響いたのかも知れませんでした。

クロパトキンの所にオーストリアで砲兵の増強を行っているという情報が入りました。
歩兵と銃兵の増強で手一杯の将軍は、外務大臣に
「貴国が砲兵の増強するならば、我国も砲兵の増強するぞ」と圧力をかけて、相手方の増強計画をとん挫させてほしい。
とのことでした。
外務大臣も大蔵大臣もそんな外交が出来る訳もない、とあきれてしまいます。


そんな中、ウイッテ伯は持論を主張します。
軍備拡張競争は全世界に害を及ぼす。
無駄な資産浪費は国民を無力化させる。
それは、社会主義の勃興を招く。
我国もそうなりつつある。
金食い虫の軍拡を辞めえれば、みんな幸せになる。

結果は歴史が答えています。
むやみに他国に干渉しない事が一番人々が幸せになります。軍拡してもいいと思います。
他国に干渉せず、国民に重税を掛けなければ。
この件については、ウイッテ伯も間違えています。
やめるべきは、軍拡ではなく、他国への干渉です。

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