ウイッテ伯回想記「日露戦争と露西亜革命」その065

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第九章 遼東半島占領事件

第五段 ヴィルヘルム二世に諫告す

ウイッテ伯は、ロシア皇帝が旅順・大連の占領計画を遂行するのは、ドイツ皇帝が膠州湾占領をしたのが原因と考え、ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世に伝言を送りました。

ウイッテ伯の伝言

ウイッテ伯は詳しくは大公と話し合いませんでした。
ただ一言簡単に
「殿下よ、今日の日を憶えていて下さい。
そしてこの宿命的な第一歩がロシアのためにどんな恐ろしい結果をもたらすかを見ていて下さい。」
と言ったきりでありました。


ウイッテ伯は皇帝のもとを辞し、ツァールスコエ・セローからまっすぐに、ドイツ大使ラドリン侯爵は休暇中なので、ドイツ大使代理のチルスキー氏のもとへ行きました。
ウイッテ伯はチルスキー氏に言いました。
「ドイツ皇帝がここに滞在された時、将来私が皇帝に対して何事かについて懇願しようとしたりまた自分の意見を表明したい時には、少しも遠慮せずに大使館を通じて直接申し出でよと言われた事がありました。
今それを為すべき時機がまいりました。私は切にあなたにお願いします。
すぐにドイツ皇帝陛下に電報を打って、私が私の祖国の利益の為ドイツの利益の為に青島の報復手段を止めるよう懇願していると、伝えて下さい。
この行動は第一歩において既に物議をかもしているし、事件の進展は将来更に恐るべき結果を招致する事になります。もし膺懲の必要があるなら犯人を処罰させ、必要とならば賠償金を課し、とにかく速やかに青島からドイツ艦隊を撤去する事を切望している、と貴下の陛下に伝えて下さい。」


数日と経たない中に、チルスキー氏はウイッテ伯の所へやって来ました。
彼は、ウイッテ伯の電報に対する皇帝の返電であると言って、次の様な内容の電文を示しました。
「次の事をウイッテに伝えよ。
僕は彼の電報を見て、彼がこの事件に関する最も本質的な内容を知っていないという事を看取した。従って、我々は彼の提議に応ずることは出来ない。」


これを見た時ウイッテ伯は色々の記憶を呼び起こしてみました。
嘗てアレクセイ・アレクサンドロヴィチ大公と話し合った事や、ドイツ皇帝がペテルゴフ滞在中観兵式から宮殿へ帰還の途次我が皇帝陛下と馬車に同乗された時どんな会話が取り交わされたかという想像や、ペスト委員会の席上でドイツ軍艦の青島入港に関する知らせを受けた時ムラヴィヨフ伯の取った、あの謎の様な態度やらをまざまざと頭に思い浮かべたのでした。

ドイツ皇帝の言う所の『事件に関する最も本質的な内容』とは何でしょうか。
一つ目は、この占領計画をロシア帝国がすでに承認していると言う事。
二つ目は、列強国は他国に軍事力をちらつかせながら影響力を行使して、利益を得て構わないと認識している事。
私の考えるドイツ皇帝の言う所の『事件に関する最も本質的な内容』です。


『アレクセイ・アレクサンドロヴィチ大公と話し合った事』とは〈独帝は膠州湾を要求す〉でドイツ皇帝ヴィルヘルム二世とニコライ二世帝の会話の事でしょう。
ニコライ二世帝はこの頃から大した理由もなく領土拡大を推し進めてもかまわない様に考える様になっていったのではないでしょうか。
これより先約一年前、1896年11月にロシア帝国はオスマン帝国のコンスタンチノープル(現イスタンブール)の占領計画を発動しかけたことが有りました。
原因は不明ですが、ギリギリの段階で取りやめています。


本来ならニコライ二世帝もむやみに占領など行わないと思います。
中途半端な欧州の列国皇室どうしの付き合いが互いに競争心をあおる形になって来たのではないでしょうか。

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