第八章 各国元首の露帝訪問
第四段 独帝は膠州湾を要求す
ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世は、ロシア滞在中にニコライ二世帝に清国膠州湾占領を希望している事を伝えました。ロシア皇帝はどう答えたのでしょうか。
ドイツ皇帝、膠州湾占領の意向を伝える
その後、ウイッテ伯は何かのついでに、海軍大臣アレクセイ・アレクサンドロヴィチ大公と、ヴィルヘルム二世帝のロシア訪問について話し合った事がありました。
大公はウイッテ伯に向かって
「ドイツ皇帝が随分突飛な人間である。ペテルゴフに居た時、こういう事があった。」
と切り出し、次のような話をしました。
大公が何かの用事で参内した時、ニコライ二世陛下は丁度ドイツ皇帝を見送って帰ったばかりのところでありました。
陛下は大公に向かって言いました。
「ドイツ皇帝は馬車の中で、ドイツはある目的と自国の利益のためドイツ艦隊の根拠地として清国の膠州湾を占領したいのだか、ロシア皇帝の同意なしにはこれを決行する事を欲しない。
ロシアの艦船がまだ一度も停泊した事の無いこの膠州湾がロシアに必要であるかどうか、と僕に質問した。これは非常に不愉快な事であった。」
陛下は、これに同意を与えたとも与えなかったとも大公には明言しませんでしたが、ただ次の様に付け加えました。
「ドイツ皇帝はこんな問題を持ち出して自分を非常に気まずい立場に落としいれた。賓客でありドイツ皇帝に対してきっぱりとこれを拒絶知ることは僕にとって随分気まずいばかりでなく、一般に僕はそういう事をするのが不愉快である。」
ニコライ二世陛下はデリケートな人であります。
このデリケートな性質と高い教養とは、特に若い皇帝をそう思はせたのでしょう。
ウイッテ伯にはこの間の消息が良く了解できていました。
陛下は、賓客であるドイツ皇帝と馬車に同乗したことでしょう。
然るに狡猾な賓客は陛下が拒絶の出来ない様にドイツの膠州湾占領問題を持ち出したのでしょう。
そこで陛下は自分の性質上、きっぱりとこれを拒絶し得なかったのでありましょう。
ドイツ皇帝は恐らくロシア皇帝が賛同したものと解釈した事でしょう。
ドイツのヴィルヘルム二世帝は、清国の膠州湾占領の意向をニコライ二世帝に語りました。
ニコライ二世帝は、はっきりした返事が出来なかった様です。
ドイツ皇帝は、ロシア皇帝に賛同してもらえたと認識したようです。
回想録では、訳者の注釈として次にの様に記しています。
『「独帝と露帝の往復書簡」によると、その後ヴィルヘルム二世はドイツ艦隊の膠州湾占領に際しこれをニコライ二世に通電して「君がペテルゴフで同意してくれたように」と言い、ニコライ二世は暗にこれに反対の返電を送っている』
ニコライ二世帝がこの時にしっかりと占領計画を否定していたら清国の未来は随分と変わっていたのではないでしょうか。
この後、清国は義和団事件が起きます。
義和団は膠州湾のある山東省で外国人に対して排外運動を起こした集団です。
義和団事件の際に清国政府は義和団に加担し、そして諸外国の大使館を襲撃します。
結局義和団は、諸外国の鎮圧部隊に破れ、清朝自体も衰退していきました。