第八章 各国元首の露帝訪問
第三段 独帝の対米関税同盟策
ヴィルヘルム二世帝がロシアへ訪問している時に、ウイッテ伯へ会見を望みました。その時の会談の内容はどのようなものだったのでしょうか。
ヴィルヘルム二世とウイッテ伯の会話
午餐会が済むと、ウイッテ伯は大使の書斎でドイツ皇帝と特別会見をすることになりました。
皇帝は、二人きりになるとウイッテ伯に向かって言いました。
「現在ヨーロッパの大きな競争者はアメリカである。
アメリカはヨーロッパの金をしぼって繁栄している。
自分はこのアメリカに対抗する意味で、何か特別の方法を講ずる必要があると思う。
それには、まず関税の問題であるが、アメリカをこれ以上好況にさせない為、つまりヨーロッパの金でこれ以上アメリカを応援しない為…言葉を変えて言えば、アメリカが自分の商品をヨーロッパへ大量輸出する事が出来ない様に、全ヨーロッパ諸国が結束して対米特別関税法を設ける必要があると思う。」
ウイッテ伯はこれに対して言いました。
「私は、遺憾ながら陛下の御意見に同意する事はできません。
私の考えでは、そういう方法を講ずるには、ひとりアメリカばかりでなく海を隔てたヨーロッパ大陸以外のすべての国に対抗する必要があります。
そうすればイギリスも当然これら諸国の中に入ることになります。
のみならず、他のヨーロッパ諸国が果たしてこれに同意するか否かは大きな疑問ではないかと存じます。」
すると、ドイツ皇帝は次の様に説明しました。
「僕はイギリスを敵対国の中に入れたくない。
イギリス国民とは最も良い関係を維持したい。またイギリスはその物資をもってヨーロッパを脅かしてはいないのであるから、この手段はヨーロッパにおけるあらゆる農具の市価を低減させているアメリカに対してのみに講ずるのである。」
ウイッテ伯は皇帝に向かって答えました。
「ロシアがそういう見地に立つことは非常に困難であります。
合衆国独立戦争以来アメリカと常に友好関係にあるロシアは今にわかに変更する理由をもって言いません。
また一般の政治的見地から言えば、経済官営と政治関係とは離れることの出来ない連係を持つもので、有力な国家に関する限り、経済的に良好な関係なくしては、良好な政治関係はあり得ないといるのが私の信念であります…」
ウイッテ伯はなおも言葉ついていいました。
「現在のヨーロッパは、他の諸国に比べて老成国であります。
もし現状のまま推移すれば、数世紀の後には益々衰微して、世界のヒノキ舞台で第一義的の意義を失ってしまいます。
これに反して海を経たでた諸国は一層偉大な力を獲得することになりましょう。
そして更に数世紀の後には、ヨーロッパの偉大さは、ちょうど私たちが現在ローマ帝国やギリシャ帝国の偉大さを回想するように一つの物語となるでしょう。」
ウイッテ伯の意見を聴いたドイツ皇帝は、非常に驚いたように反問しました。
「すると君の意見では、これを避けるためにはどうすれば良いと言うのかね?」
ウイッテ伯はドイツ皇帝に対して即座に答えました。
「陛下よ。ヨーロッパただ一つの帝国であると仮定しまして相互の競争の為に多くの国帑と血と努力とを浪費せず、相互の戦争の為に百万の軍隊を保持する事をやめ、お互いに隣人を恐れる為に一大陣営を作っているようなヨーロッパは今よりも遥かに力強くなり、文化も発達し、また実際に世界の主人公ともなり得るのです。
そしてお互いの妬視排擠や内訌的戦争の重荷に押しつぶされておとろえて行かずとも済むのであります。
しかしながら、この目的を達成するにはまず第一にドイツ、フランス、ロシアが鞏固な同盟関係を結ぶ必要があります。
もしこの三国が固く結束したなら、他のヨーロッパ大陸諸国は自然にこの同盟に参加してくるでしょう。また、こうして出来上がった大陸同盟は、相互の競争の為に自ら好んで負担している重荷から、ヨーロッパ各国を開放してくれるでありましょう。
その時こそヨーロッパは再び偉大となり、新しい文化の繁栄を来し、永く勢力を持続する事が出来るのであります。
不幸な冒険のもとにあるヨーロッパ各国を救う道はこれより外にはないのであります。」
ドイツ皇帝はこの言葉を聞いて、
「君の意見は奇抜で非常に面白い」
と言いました。間もなく二人の会見は終わり、皇帝は愛想よくウイッテ伯と別れと告げたのでした。
ドイツ皇帝の帰国後初めてウイッテ伯が上奏の為参内した時のこてしした。
ニコライ二世陛下はドイツ皇帝から受け取ったものだと言って、小さな覚書をウイッテ伯に渡したのでした。
この覚書にはドイツ皇帝がウイッテ伯に話した対米関税問題についていろいろの条項が書かれてあったのでした。
ウイッテ伯はニコライ二世帝に、ドイツ皇帝はこの問題についてウイッテ伯にも話されたこと、ウイッテ伯はこれこれの意見を持っていることを語ったのでした。
そして陛下は、この覚書に回答する為ウイッテ伯がドイツ皇帝に述べた趣意によって文書を作製せよと命じたのでした。
そして陛下もウイッテ伯の意見と同じだと付け加えました。
ウイッテ伯は外交文書の形式で答案を作り上げ、著名なしで陛下に渡しました。
陛下はこれを私信に添えてドイツ皇帝に送ると言いました。
ドイツ皇帝とロシア大蔵大臣の会話を簡単にまとめると。
ヴィルヘルム;アメリカが儲けすぎている。特別関税かけたい。
ウイッテ伯;アメリカ一国に関税をかけるのは無理。ならばすべての国に関税をかけることになる。それは、その国々に不満を与えてしまう。
ヴィルヘルム二世;イギリスとは仲良くしていきたい。アメリカは農機具を安売りして価格破壊を起こした。
ウイッテ伯;ロシアはアメリカと仲良くやっている。経済と政治を切り離して考えてはいけない。経済の為にアメリカとの政治上悪化をさせたくない。
欧州の国の経済は老成国化している。古代に繁栄していた帝国が時代と共に衰退したように、いずれ衰退する。
ヴィルヘルム二世;ならばどうすればよいか?
ウイッテ伯;欧州列強国が軍事による競争を止め、同盟関係を築くべき。そうすれば経済も文化も繁栄する。その状況を見れば他の国々も同盟に賛同する。
ヴィルヘルム二世;君の意見は奇抜で非常に面白い。
ヴィルヘルム二世はアメリカが独り勝ちしているのが気に入らないから、関税で対応したいらしいです。
現代ではセーフガードはお互いの国が承認し合っている場合は、合法です。
ですがいきなり発動させれば問題化します。ウイッテ伯が言おうとしているのはその事だと思います。
同盟を結ぶとはそういうルール作りを行うと言う意味もあるのだと思います。