第五章 金貨制度の実施
第四段 フランス大統領の陰謀
フランスの政府要人達は、ニコライ二世帝の戴冠式報告旅行の最中から金本位制の見直し工作をしていたようです。
フランスからの手紙
ニコライ二世帝がフランスへの旅行を終え、まだツァルスコエ・セロへ帰らぬ前に、ウイッテ伯は銀行団の一部から次の事を知るのでした。
陛下のパリ滞在中、当時のフランス大統領メエリンが、どうしてもロシアに金貨制を実施しようとするウイッテ伯の固い決心に対して、種々な中傷をしたと言う事でした。
そこで、ウイッテ伯はそういう噂について早速陛下に書簡を送りました。
ところが陛下は、それは単なる風説であるという答えを与えたのでした。
それから数日後、ウイッテ伯が陛下の許へ参内した時、陛下は自分の机から数通の書類を取り出し、ウイッテ伯に手渡しながらこう言いました。
「僕の手に入ったこの書類を君にあげよう。
金貨制度の実施に関するものであろうが、僕は何も読んでいない。
もしよかったら持ち帰るがいい。」
帰宅後、ウイッテ伯は仔細にそれを点検し始めました。
その中の一つは大統領メエリン自身の書いたものもありました。
それは、この国家的人物が明らかにロシアの最重要問題に干渉しているものでありました。
しかも良心的立場からの忠告ではなく、利己的フランス人としての干渉でありました。
この書類にはもう一つ銀貨制論者として有名でありますが、非常に迷妄な経済学者のチエリの付録が添えてありました。
これ等の書類の筆者はそれぞれに、ウイッテ伯の実施する金貨制度がロシアに有害だと言う事を陛下に忠告する事を必要とし、また銀貨単一制がどうしても不可ならば、フランスの如く金銀併用制を実施すべきであると述べていました。
ウイッテ伯にかかる行動は、フランス大統領の立場から為されるのは断じて正当でないと考えていました。
かかる問題は純粋なロシアの内政問題であって、ロシア皇帝もロシア政府も、この問題についてはメエリンの忠告を必要としない物でした。
またフランス大統領が皇帝のパリ行幸の機会をとらえて、こういう行動をとるのも当を得ない物でした。
この書類は、ウイッテ伯が陛下から受け取った数日前、ペテルブルグ駐在フランス大使モンテペルロ伯がら陛下に提示されたものでした。
モンテペルロ伯はこれを、自国政府というよりはむしろ大統領の特使として提示したのでした。
ウイッテ伯の在職中における最大改革事項の一つは実にこの幣制改革でした。
それは、ロシアの国際的信用を徹底的に鞏固にし、ロシアの財政を他の列強諸国の列に立たしめたのでした。
このために、我々は不幸な日露戦争と戦後の惹き起こされた擾乱事件、また今日まで尚ロシアに存在する寒心すべき財政状態にも堪えることができたのでした。
フランス大統領メエリンとは、当時首相を務めていたジュール・メリーヌの事と思います。
この時のフランス大統領はフェリックス・フォールです。ジュール・メリーヌは、1880年代前半に農林大臣を務めていました。
表題が「フランス大統領の陰謀」と書かれていますが、別段秘匿して工作しているようには見えません。
ウイッテ伯は、なぜ自分の所へ言ってこないと考えているのでしょう。
でも、ロシアの代表はニコライ二世帝ですから、皇帝へ手紙を送るのは陰謀でわありません。
ロシアの金本位制改革は成功であったようです。
のちの敗戦時の財政を破綻させず維持できたようです。